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LOG

ALBUM / CD / 2014.12.03
SLRL-10015 ¥1667+税

TOWER RECORDS
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1. ガラスケース
作詞・作曲:永田佳之
2. 80歳になったら盆栽を極める
作詞・作曲:永田佳之
3. The Fish Story 〜ノンフィクションな日々に囚われた人生〜
作詞・作曲:滝田周
4. ヘラヘラ
作詞・作曲:永田佳之
5. 優しい君は今日も嘘つき
作詞・作曲:滝田周
6. S
作詞・作曲:永田佳之
7. Lonely Train
作詞・作曲:滝田周
8. ピリオド
作詞・作曲:滝田周

『LOG』Special Interview

神奈川出身の滝田周と大阪出身の永田佳之。ソロのシンガー・ソング・ライターとして活動していた2人が、2011年5月に結成したサンドクロックは、滝田の力強いヴォーカルと永田の繊細なヴォーカルに象徴されるように、音楽スタイルも性格も、まるで異なる。混ざり合うはずのない2人が、ぶつかり合いながらも同じ目標に向い、初の全国流通盤となる『LOG』の完成に至るまで。濃密な3年半の中で、2人ポップミュージックに起きた化学反応とは?

インタビュー:古城久美子

異色の音楽人生がスタート。サンドクロック結成前

——まずは、音楽を始めたきっかけから教えてください。

永田 高校を卒業して、芸術系の専門学校に入ったんです。最初は何でもいいという軽い気持ちで「歌手になろう。なれるっしょ」みたいなノリで。すごくチャラかったですね。

——どなたかミュージシャンに影響を受けたとかではなく?

永田 特にそういうことがなくて。

——ギターを手にしたり、歌ったりしたことは?

永田 専門学校に入学してからだから、ギターも歌も作曲も18歳からのスタートです。

——ええー、何か、音楽を聴いていたとかは?

永田 それも、全然。高校生の時は卓球部で部活ばっかりでしたね。専門学校では途中でヴォーカル・コースに変更したのに、授業も出ずにギターの練習ばかりしていました。

——異色のスタートですね。滝田さんはいかがですか?

滝田 僕は、幼いころからずっと音楽が好きでした。歌もスゴく好きで、歌手になりたいと思っていたんですけど。高校まで野球をずっとやっていたし、どうせ無理だろうなというのがあって踏み出せず…。

——学区一の進学校ご出身だとか。

滝田 そうなんですよ(笑)。勉強もしなきゃいけないし、野球もあるしで。そのまま普通に大学に入って。大学4年の夏ごろ、音楽やりたいのに何もやってないなって、初めて思ったんです。崖っぷちに立たされて、このタイミングしかない、ラストチャンスという感じで。

永田 滝田に比べてオレ、ちゃらいなぁ(笑)

——正反対ですが、2人とも大胆な決断ですよ。

滝田 そうですね。家族は僕が音楽をやりたいと思っていることすら知らなかったので、「ええー」ってポカーンとしてた(笑)。僕は、浪人もしたので、23歳で卒業して、音楽は24歳からのスタートですか。

永田 2人とも、スタート遅っ。

——大学に通ってる間にやってもよかったような(笑)。どういう音楽がお好きだったんですか?

滝田 J-ROCKですね。当時流行っていたバンド系とか。

——これまた……サンドクロックの音楽性とは全く違うんですね。

滝田 そうですね。そういう音楽が好きだけど、自分でやるのは違うかなって思ってたんですよ。声もロックをやるにはクセがないしって、勝手に分析したりしましたよね。

ウキウキの滝田とボロボロの永田が出会い、サンドクロック結成へ

——シンガー・ソング・ライターとして、それぞれ活動していたんですよね。

永田 僕は、専門学校を卒業後、日本一周の旅に出るんですよ。3年ほど、47都道府県まわって。流しで歌ってました。スナックや路上で歌ったり。泊めてもらったり。

——それは、鍛えられましたね。

永田 確かに。いろんな場所で歌ってきたので、打たれ強くなりました。一度、ドラッグストアの社長さんに飲み屋で出会って、その場のノリで「明日オープンするから歌ってくれ」って言われて。店の一角で歌ったんですけど、お客さんは薬を買いに来てるから、誰も聴いてくれないという。最後、店員さんに「うるさい」って言われましたもん(笑)。そんなことをしながら「80歳になったら盆栽を極める」や「1+1」など曲もできて、「よし、東京に行くか」って。

滝田 僕は音楽を初めた24歳の年に、もう永田と出会っているんですよね。始めて半年くらい。ピアノも24歳から始めたんですけど、ちょうど弾き語りができるようになって、東京でライヴをという時に、たまたま。

永田 いましたね。

滝田 永田は旅が終わってすぐの時期だったのでボロボロで。「大丈夫かな、この人」っていう。顔色も悪いし、楽屋でうなだれてるし。でも、話をしたら、1986年生まれの同い年で。

永田 滝田は「なんか、陽気な子やな」って思いましたね。あと、声がめっちゃ好きだと思った。

——それが、2010年12月「お茶の水KAKADO」で行われたイベントですね。

滝田 永田は「80歳になったら盆栽を極める」を既にやっていましたね。僕はライヴをするのが3〜4回目だったので、もう楽しくてしょうがない。「何やってんのー?」って空気も読まず話しかけてた(笑)。

——ミュージシャンの友達ができて嬉しいっていう。

滝田 ライヴハウスで友達を作ることに命をかけていたんですよね。ずっと大学で勉強とかしかしてなかったので、ミュージシャン友達っていなくて、とりあえず話しかけるっていう。

永田 僕は、逆に生活に切羽詰まって、グターって顔してた。というより、よく話かけてきたなって。楽屋でピリピリしてるし、ゴホゴホしてるし、ギター弾いてるし。アイツしゃべりかけたらいかんなっていう人いるじゃないですか。あれが僕でした(笑)。

——勇気がありましたね(笑)。

滝田 お互い、初めて会ったタイプだったんですよね。それで、興味深く思って、飯でも行こうよって連絡先を交換したんです。そこから滝田と永田のソロ同士でツーマン・ライヴをすることになって、集客のために、2人で路上ライヴを始めたんですよね。その時、2人でやらないかって永田から誘われたんですよ。

——滝田さんとユニットを組みたいと思ったのはどうしてだったんですか?

永田 うーん、絵的にしっくりきたので。ユニットでやると、すごく協調できるポップな声だなって思ったし、一緒にやろうって思ったら「こんなんがしたい、あんなんがしたい」っていろんなビジョンが自分の中で広がっていったので。

滝田 僕は、ツーマン・ライヴのことしか考えていなかったので「無理です」って言ったんですけど。僕のライヴとかにも押し掛けてきて。そのビジョンを語られ……。2011年5月のツーマン・ライヴで、「サンドクロックでやっていきます」っていうことを発表したんです。

バラバラの個性が同居する、ルームシェア型のユニット!

——サンドクロックというユニット名はどうやって決まったんですか?

滝田 それぞれ出しあって、永田のいち押しは、「パイナップル王子」でした。

永田 決まらんとわかってて、2秒くらいで思いついたものを出したくらいのことですけど……。

滝田 (笑)。ま、なんかこう、カッコつけた感じではなく、覚えやすい名前がいいよねって。でも、めっちゃ間違えられますね。「サウンド・クロック」とか、「サンド・ロック」とか。

——ああ、確かに。言葉としては、砂時計という意味があるんですよね?

滝田 はい。ただ、英語にすると「砂時計」って別に言葉があって。「SANDCLOCK」っていう英単語はないんですよ。

——造語なんですね。2人の個性が正反対なので、砂時計をひっくり返すように入れ替わり、混さりあうっていうイメージはぴったりだなと。

永田 そうですね。最初から、そういうコンセプトがありました。サンドクロックとしての音をあらかじめ決めるのではなくて、バラバラの個性が同居していていいなと。統一感をとるより、それぞれの個性にスポットをあてながらやっていくことが面白いなと。

滝田 例えるならワンルームに一緒に住むのではなくて、リビングはちゃんと確保して、それぞれ部屋を持つような。2人で歌うものもあれば、それぞれやりたい曲をやるっていうスタイルですね。

永田 そうそう。結婚しようではなくて、ルームシェアしようって口説きましたから。

——今っぽい、感覚ですね。これだけ個性が違うと、相当惹かれ合うものがないとルームシェアまでできないですよね?

永田 それもあるんですけど、なんというか…真逆がオモロいって思ったんですよね。それで「2年後はお互い決裂してるかもしれない。でもすごく栄養になるから、そこを乗り越えようぜ」って最初から話せてた。

滝田 お互い手の届かないものを持っているから、役割分担もできるし、幅が2倍に広がるっていうところで組んだからね

永田 でも、最初の1〜2年は大変でした。お互い、やることなす事ムカつくわーって。

——カルチャーショックレベル?

滝田 距離感が違うというか。永田が関西人というのもあると思うんですけど。僕は言わずに自分の中で昇華しちゃうタイプだから。

永田 こっちは思ったこと10あったら10全部言うみたいな。「お前も10返してこいよー」って。最近は10あったら2ずつ交換すればうまくやれるって分かってきたけど(笑)。

滝田 僕は、ゼロ状態だったんですけど、2011年8月のレコーディングの時にたまっていたものが爆発しちゃって、牛丼屋でどかーんってテーブルを叩いて、紅ショウガの赤い雨が、パラパラパラーって。スローモーションでした。初めて感情を出した瞬間ですね(笑)。

永田 わー、怒ってるーって。

滝田 でも、夕方からレコーディングだったのでとりあえず謝ったんですけど。

——「サンドクロックなんて辞めてやるー」みたいなことにはならなかったんですね。

永田 それが、辞めるってどっちも1回も言ったことないんですよ。辞めたくなる前提でやってるので(笑)。その時は2人ともいい年なんで、もうケンカは辞めて、レコーディングだって。

——結成当初の目標設定はあったんですか?

滝田 半年で、お客さんを何人集めようというのはありましたね。ワンマン・ライヴを4ヵ月に1回やるために、ライヴ会場を先に抑えて、目標達成できなかったらお金も無くなるし、やるしかないという状況に追い込んだ。全てのライヴをレコ発にするという目標でやっていたので、そのタイミングで自主製作盤のCDを出すスケジュールを組んでいました。

永田 アクションが起こったら、パーンって作品を出せるようにしておこうって。

滝田 それには、説得力があるのは集客だろうと。ストリートライヴも死ぬほどやった。

——ライヴとレコーディング、楽曲制作の繰り返しだったんですね。その中で、転機となった出来事は?

滝田 「HOTLINE2012」ですね。島村楽器主催のコンテストに出場したんですよ。それまで、横浜を中心に活動していて、その閉ざされていた道が開けた感じですね。川崎店からエントリーして、神奈川代表となって全国大会に出て優勝できた。

サンドクロックの3年半が詰まった初の全国流通盤『LOG』が完成

——そこからはトントン拍子というのか、実力が引き寄せたとはいえ、運がないと活動は軌道に乗らないですからね。12月3日に、3年半の活動をまとめたミニアルバム『LOG』が全国のCDショップに並びます。

滝田 今までのCDは自主制作で手売りのみだったんですけど、初の全国流通ですね。「ガラスケース」「80歳になったら盆栽を極める」「優しい君は今日も嘘つき」は自主制作盤にも収録していますが、今回、もう一度録り直しています。

——初期にできた3曲になりますね。「80歳〜」は最初の出会いの際にも歌っていた曲ですね。

永田 はい。日本一周の旅の途中、マクドナルドで10分くらいで作った曲です。

——嘘でしょ(笑)。

永田 流しで歌っていると、一発勝負だったりするんですよ。ちゃんと聞いてもらえる環境ばかりじゃないから、タイトルもインパクトが必要で。あとは酔っぱらっているオジさんも「ヘ——イ」って楽しんでくれるっていう。歌詞の箇条書きと一発勝負をコンセプトに、ひっかかり重視で作って。旅しながら変えていったというのはありますけど。

——引っかかり重視とはいえ、盆栽とかって1986年生まれが歌うギャップが。

永田 古って感じですか(笑)。やっぱり、ライヴハウスでやっていたんではなくて、飲み屋とかスナックで勝負してたからかな。

——昭和っぽいフックのある言葉と今のサウンドが融合していますが、現代版「関白宣言」とも言えますよね。そういう盆栽にしろ、狙っていたってことですよね?

永田 みんなから突っ込まれるように(笑)。でも、フォーク調ではなくて、自分の感覚にあるサーフ調でバランスをとったりして。

永田 歌詞は今回、レコーディングし直すにあたって30歳と40歳のあたりが変わりました。

滝田 あと、自主制作盤の時は、僕がサビを歌っていたんですけど、この曲は、永田の世界観で永田が歌った方が説得力があるっていうことで、今回の新録では、永田が全部歌って、僕はコーラスを。

——滝田さんの曲「優しい君は今日も嘘つき」は?

滝田 それまで歌詞を先に書いて曲を作ることが多かったんですが、メロディ先行で作った曲ですね。最初は、もうちょっとアップテンポで激しい曲だったんですけど、永田がギターで弾いたアレンジが、僕の中にはなかったカントリー風だったんですけど。「あ、これだ」ってしっくりきて。偶然の産物というか。

永田 その時、自分の中で使いたいフレーズがいっぱいあって、自分の歌詞だと乗りが悪かったりして。それで「滝田の曲、これにしたれー」って(笑)。

滝田 僕の曲って、最初に映像を思い浮かべて作ることが多いから、曲のアレンジがどうっていうことよりも、その映像にはまることを意識しているんです。歌詞も、実体験とか感情ではあるんですが、それをストレートに表現するというより、映像にあった言葉を乗せています。この曲は森っぽく作っていたから、永田のギターアレンジを聴いた時に、素直にいいなって。

異なる個性がガチンコするアルバムのリード曲「ガラスケース」

——異なる個性がガチンコで向き合ったことを象徴する曲って、やはりリード曲の「ガラスケース」ですか?

永田 そうですね。僕が滝田が歌う用に作ったというのもあるので。

滝田 僕らは、曲を作った方がメイン・ヴォーカルをとるんですけど、「ガラスケース」は永田が作ってメインを滝田が歌うっていうスタイルなんですよね。さっきのルームシェアでいうと、リビングスペースになる曲ですよね。ハモリもこだわって、サビは2人の声が絡み合うイメージ。永田の曲を歌うのは初めてだったので、一番歌うのは苦労していますが。

永田 2人とも音符のとり方が違うんですよ。滝田はロックを聴いてきているし、僕は横ノリの音楽が好きで。歌詞のメロディへの乗り方も、母音や子音で違いますが、ジャストのとり方がお互い違いすぎて、最初はキメが合わなかった。

滝田 猛特訓でした。「違う、違う」ってコーチされて。でも、この曲を練習したことで、永田の音符のとり方がわかって、その後、ハモったりする時も合うようになりましたね。未だに難しいんですが……。

永田 この曲、めっちゃ歌うのがしんどいんですよ。路上でも、お客さんが足を止めるようにって作って、滝田の声は通るし、レンジも僕より上やからと思いつつも、こんなにハイトーンくるんかいって。息継ぎもできないし。僕にはしんどすぎて歌えない(笑)。

滝田 エゲツないほど、休みがないよね。ずっと全力疾走してて。こないだ、練習で永田に試しで歌ってみろよって。

永田 辛さが分かった。キー高いし、どこで息継ぎするんって。

滝田 「HOTLINE2012」で「ガラスケース」を歌って優勝したというのもあるから、思い入れのある曲ですよね。

曲上対決!?2人の見えないバトルが形になった

——2人の個性がそれぞれ全面に出ているのが、滝田さん作の「The Fish Story 〜ノンフィクションな日々に囚われた人生〜」(以下、Fish)と永田さん作の「S」でしょうか。

滝田 「Fish」は、自分がどんな音楽をやりたいのか曖昧で、個性というものを模索していた時期に、自分を全面に出して作ろうと思った曲です。あとは…この曲を作っている時に、永田は「S」を作っていて、その歌詞を聴いて「これって、周(しゅう)のS?」って。それに対抗したのが「Fish」で、永田へのアンチテーゼっていうのもありますね(笑)。

——永田さんがいなければできなかった曲なんですね。

滝田 そうですね。そういうの感じてた?

永田 わかってたよ。言わんかったけど(笑)。

滝田 言葉にしないで、曲でケンカし合うという(笑)。

永田 今、初めて話しましたけど、歌詞に書いているようなことを言い合ったりもしているんですよね。だから、それぞれの歌詞が、お互い自分のこととは、なんとなく気付いていたのかな(笑)。

滝田 でも、どっちもいい曲ですよね。そう、永田は、いろいろ気付いていても、曲に対してちゃんといい曲だって言ってくれるんですよ。

永田 うん。どっちの曲にも自己反省が入ってるし。一方的にののしる歌じゃない。そうですよね?

——ですね(笑)。実際には、どちらの曲も個人的なこととは思えないほど、伝わるように昇華されていますしね。

滝田 そうですね。曲も仲よく作ってます(笑)。「Fish」のアレンジは、僕が作って、永田が手を加えていますしね。僕、それまで8ビートで曲を作ることが多かったんですが、永田は16ビートが好きで。この曲から永田のグルーヴが入ってきた。「S」もピアノの印象的なフレーズは僕が入れたりしています。

進化していく、それぞれの楽曲制作

——バラード曲である「Lonely Train」は滝田さん作ですね?

滝田 そうですね。2013年は自分の個性を追求した1年で、曲も王道を外すことを意識することが多くて。それが一段落して、王道のバラードが作りたくなったんですよね。その一発目として、スケールが大きい曲を作ろうって。歌詞も一人の世界から、列車に乗って新しい旅にでようぜっていう内容になっていますね。

——永田さんもブログでもいい曲だと言ってましたね。

永田 書いてましたっけ?でも、僕、いいなって思った時だけ誉めるんですよ。滝田はどんな曲でもいいねっていう。だから、すごい緊張感で滝田は発表するんですよ。この曲はいいって言ったよね。構成もド真ん中のストレートで、キレイでバランスがいい。この曲は真の部分で素直に出てきたから、みんなに響くなって思った。

——永田さんの「ヘラヘラ」と滝田さんの「ピリオド」は、『LOG』のレコーディングを前に同じ時期にできているんですね。

滝田 そうですね。新曲を1曲ずつ入れようって作り始めたんですけど。

——「ヘラヘラ」は、「ガラスケース」と同じくツイン・ヴォーカルをとっていますが。

永田 この曲の歌詞は、情景描写から入っているんですよね。それまで、頭から感情論を歌うタイプだったんですけど、これなら滝田が歌ってもいいかなって。最初から一緒に歌う想定では作っていなくて、できあがった時に、自分の楽曲に人が入ってくる隙間ができてた。それまで、自分が「こうしたい」と強烈に思って作った曲は自分が歌わないとって思っていたんですが、これならAメロは滝田が歌ってもいいよねって。あとは、やっぱり……僕、辛いものに甘いものが入っていたりすることが、めちゃ好きなんですよ。ポテトチップにチョコがコーティングしてあるとか。冷たいものの中に温かいものを入れるとか。食べ物でもそうですし、なんでも違和感を作るのが好きで。そういう違和感を意識して作ってます。「ヘラヘラ」って温度感低い言葉なのに、テンション高く歌っちゃうとか。予定調和を壊して成立させるというのが楽しくて。それが、上手にできた曲かな。「盆栽」もそういう違和感を成立させたものだし。サンドクロック自体もそうだし。

——永田と滝田っていう正反対の2人ですからね。永田さんも滝田さんも制作活動が進化していますよね。

滝田 そうですね。「ピリオド」も最初は「アルバムのこの位置に入れるとなると…」とか考えすぎちゃって、これはダメだなと。〆切も迫ってきたので、頭で考えずに作ったら、歌詞とメロディが同時にポーンと出て。深層心理にある言葉とメロディをすくっていったらこういう曲になったという感じで。アルバムの中でこの曲だけ、2人だけで演奏しているんですよね。ピアノとギターと歌。シンプルに、あるがままに。

——アルバムラストにふさわしい曲ですね。

サンドクロック史上最大規模のライヴ、2015年3月25日渋谷 duo MUSIC EXCHANGE

——こうやってお話を伺うと、曲作りも含め、大きく変化した3年半でしたね。

永田 最初の1年は、サイボーク滝田って呼んでいましたからね(笑)。なんでこの人こんなに感情がないんやろって。どんだけ寝てないとか、熱があったりしても、いつもピシっとしているんですよ。一切人に弱みをみせたくないって。でも、それも変わって、言いたいことも言うようになってきて。

滝田 サイボーグから人間になったなという感じはありますね(笑)。音楽のとらえ方も、音楽をやっている意味も、曲にも反映できるようになってきた。25歳で結成して、今、28歳。この年齢って、普通に働いている友達も出世したりとか、結婚したりとか、変わり目の時期だと思うんですけど。自分も同じく、音楽に限らず、いろんな変化や刺激もあった。3年半前とは全然違うんですよね。永田とは、お互い影響を受けてきていますよね。

——それが、タイトル『LOG』(=記録)どおり、アルバムに詰まっていますね。

永田 3年半という長いスパンで作っているアルバムなので、日記を読み返している気分になりますね。この曲作った時、こんなこと考えていたんやなっていう。

滝田 ホント、いろんなタイプの曲が入ってて。とはいえ、サンドクロックの温度感にはなっているので飽きないんじゃないかなと思います。

——11月14、 15日と『LOG』の収録曲をお披露目したライヴも成功し、『LOG』のリリース後は3月25日にリリース記念ライヴが決定していますが。

滝田 まだまだではあるんですけど、11月のお披露目ライヴで、サンドクロックとしてひとつまとまったなっていう手応えがありました。3月のduoは、僕ら史上最大規模の会場になるので、それを成功させたい!

——今後の野望などありますか?

永田 うーん、野望か。10~20代前半は女の子にモテたいとかあったんですけど、年齢を重ねて、そういうことよりこんな曲、こういう作品が作りたいっていう方が強くなって。そういう野望ならいっぱいある。次はこれやってあれやって、楽しいなーっていうことしか頭の中にはないですね。こうして『LOG』ができたことで、次はこれができるようになりたいとかたくさんあって。3月のライヴにも、頑張って間に合わせたい。

——ますます、2人の化学反応が見られそうですね。

滝田 そうですね。徐々にステップアップしていきたいですね。2人の個性がぶつかり合うスタイルも『LOG』でまとまって、2015年はどうなっているのかなっていう感じですよね。ここからどうなっていくのかなというのは楽しみでもありますし、不安なところでもありますし。そういうことが新たな曲に反映されていくと思います。ひょっとしたら共作とかもあるかもしれないですしね!

『LOG』セルフ・ライナーノーツ

1. ガラスケース

作詞・作曲:永田佳之

永田が初めて滝田用に書いた、滝田がメインで歌う曲。
歌ってみると分かると思いますが、ずっと高い音が続くし
息継ぎのポイントも少なくて滝田さんを苛める為にある曲。
サビのハモりを合わすのにだいぶ苦労しました。

2. 80歳になったら盆栽を極める

作詞・作曲:永田佳之

5年くらい前、ヒッチハイク日本一周の旅に出てる時に福岡のマクドナルドで書いた曲。
jack johnsonみたいなサーフ・ミュージックっぽいノリに、
リズムの気持ちいい言葉を並べていった感じ。当時の永田が伝える現代版関白宣言。

3. The Fish Story ~ノンフィクションな日々に囚われた人生~

作詞・作曲:滝田周

「ライブで楽しめる曲」をコンセプトに、まずイントロのピアノリフが完成。
それに合わせて、なんとなく言葉を乗せて歌っていた時に出てきた、
「君の目から逃げ出した魚」というフレーズから一気に曲を書き上げました。
遊び心のある詞と言葉の持つグルーヴ感を楽しんでもらえたら嬉しいです。

4. ヘラヘラ

作詞・作曲:永田佳之

歌詞の内容的には「自分の狭い世界から出て行こう」的なニュアンスです。
昔から「酢豚の中のパイナップル」とか、「チョココーティングのポテトチップス」とかが好きで、
歌詞とメロディーで絶妙な違和感を成立できたと思っている曲です。

5. 優しい君は今日も嘘つき

作詞・作曲:滝田周

この曲は元々、もう少し勢いのあるロック・テイストを予定していたんですが、
永田と合わせた時に、彼が何気無く弾いたカントリー風のギターが妙にしっくりきて。
そこからもう一度イメージを再構築して作り直しました。
サンドクロックの楽曲の中で、他にはないテイストなのでライヴでも重宝しています。

6. S

作詞・作曲:永田佳之

ギターのフレーズから作っていった曲で、2人でライヴやる用に初めてループマシンを使いました。
こういう歌ものじゃない曲を「サンドクロックでやってもいいのかなぁー」と思いながら作ってみたのですが
以外と反応良かったので、また難しいプレイの曲作りたいです。

7. Lonely Train

作詞・作曲:滝田周

アルバムの中では一番大きい王道バラード。
ライヴで初めて披露した時は、イントロ・アウトロ含め、8分以上ありました(笑)
今回、収録するにあたって「アルバムとしてのバランス」を重視して、少し整理しました。
タイミングがあれば、当初のフル尺アレンジを今後のライヴで披露しようと、密かに企んでいます。

8. ピリオド

作詞・作曲:滝田周

『LOG』の制作にあたって書き下ろした新曲です。
心を無にして、浮かんできた言葉とメロディーを丁寧に掬い上げていく感覚で作りました。
邪念のない、純粋で潔い楽曲。
今回のアルバムでは唯一、ピアノとギターのみのシンプルなアレンジになっています。

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